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名古屋地方裁判所 昭和33年(ヨ)594号 決定

申請人 梅村茂

被申請人 名古屋証券取引所

主文

被申請人が昭和三十三年五月三十日申請人に対してなした解雇の意思表示の効力を仮りに停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

第一申立の趣旨

申請人代理人は主文と同旨の裁判を求め、被申請人代理人は、「本件仮処分申請を棄却する。申請費用は申請人の負担とする」との裁判を求めた。

第二判断の基礎たる事実

一、申請人は昭和二十七年三月被申請人取引所に雇用され、同三十二年十二月より清算部受渡課員として勤務していたが、同三十三年五月三十日被申請人より懲戒解雇の言渡を受けたものであることは当事者間に争がない。

二、本件解雇の経緯

疏明によれば次の事実が認められる。

(一)  被申請人取引所では、取引所開設後間もなくより、名古屋市内居住の従業員に対して通勤定期券を現物支給していたが、昭和二十九年十月からは同市外居住者に対しても同様これを支給することになつた。但し、市外居住者に対しては、被申請人において所要定期券を購入して各従業員に交付する事務の煩雑を避けるため、各従業員から定期券を購入するために必要な代金額をその前月中に申告させ、これに基いて右代金額に相当する金員を仮払いの形式により交付し、各人に所要の定期券を購入させることにしていた。

申請人は肩書住所地に居住し、昭和三十一年四月より名古屋鉄道株式会社バス路線(通称名鉄バス)の守山市民病院停留所から東桜通停留所までの通勤定期券(当時八百四十円)の支給を右の手続によつて受けていた。

(二)  同三十二年九月二十一日、名鉄バスの料金改正により右区間の通勤定期券の代金は八百四十円から六百三十円に値下げになつたのであるが、申請人は同月二十八日に翌十一月分の定期券購入代金の仮払いを請求する際右事実を知らずに、従前どおりの金額である八百四十円を請求してその支給を受け、後刻定期券を購入する時代金値下のことを知つたが、差額の二百十円を被申請人に返還せず、そのままに放置しておいた。

翌十月三十日、十一月分の定期券代金の請求にあたつても、申請人は右のことの発覚をおそれ、前月どおり八百四十円を請求して過当の代金を受領し、かくして引続き昭和三十三年四月分迄、前同様の方法で不正代金の支払を受けて来た。

(三)  同年四月二十六日、申請人は従前の通勤方法を変更して名古屋市営バスの守山―東桜通間の定期券購入を申請し、更に同年五月十六日名鉄バスの守山市役所―東桜通間に変更したい旨申告したが、その代金は六百三十円であつて、申請人がかつて支給を受けていた守山市民病院―東桜通間の定期券代金と比較し、その間の距離はほぼ同様であるのに、著しい差のあることに不審を抱いた被申請人取引所係員が調査した結果、同月二十二日に至つて、前記の申請人の行為が判明した。

(四)  被申請人取引所理事者側では申請人の右行為は被申請人取引所の就業規則の第三十六条第一号、第五号、第七号の懲戒事由に各該当し、且つ情状を斟酌しても懲戒解雇に値いするものと判断し、同第三十七条によつて申請人を懲戒解雇することに決定し、同月三十日申請人に対してその旨の言渡をした。

第三被申請人主張の解雇理由に対する当裁判所の判断

疏明によると、被申請人取引所の就業規則の第三十六条には、「所員は左の各号の一に該当する時は、懲戒処分をうける。」と規定され、第一号乃至第七号の各事由が列挙されており、そのうち第一号は、「本規則又は遵守すべき事項に違反したとき」、第五号は、「刑法上の処分を受け若しくはこれに類する不法行為のあつたとき」、第七号は、「前各号の外不都合な行為をしたとき」というのである。思うに申請人の前記所為は被申請人に対し虚偽の申告をなして財産上の利益を得たものであつて、右の第五号に該当すると考えられるから(被申請人は第一号、及び第七号にも該当すると主張するが、その文言及び第三十六条各号の相互の関連を考察すれば、第一号は就業規則及びその他の業務上の規則に明示された遵守事項に違反した場合を、第七号は第一号乃至第六号に該当しない不都合な行為のあつた場合を規定したものと解すべきであるから右主張は採用できない)申請人は右行為を理由として懲戒処分受けてもやむを得ないというべきである。然しながら、この場合懲戒権者たる被申請人は如何なる処置をも自由になし得るものではなく、同就業規則第三十七条によれば、懲戒処分の種類として、譴責、減給、資格剥奪及び解職の四種が定められており、更に「解職は訓戒により本人に改善の見込なく、又は他の所員の統制上已むを得ずと認められるとき、これを行う。」と規定されているのであるから、懲戒原因たる事由の軽重及び情状に応じて右のうち妥当な処分を選択しなければならない。就中、懲戒解雇は被懲戒者の非を責めて同人を当該職場より排除するもので、その一身上に並々ならぬ影響を及ぼすべき性質のものであることを考慮すれば、右規則の規定は単に訓示的なものと解すべきではなく、被申請人が懲戒処分として解雇を選ぶにあたつて厳格に遵守することを要求されている要件と解すべきであり、この基準に反する懲戒解雇の処分は無効と云わねばならない。

そこで、右基準に従い申請人の前示所為を考えてみると、不正行為を反覆して行つた点において、強く非難さるべきものはあるが(イ)疏明によれば、申請人は頭初余分に受領した差額の金員をつい返しそびれ、その後日数を経るにつれて益々返還し難く感ずるようになり、遂に本件行為に及んだもので、その発端は申請人の過失に始つたものと認められるのみならず、(ロ)申請人の職務に、直接に関係した行為ではないこと、(ハ)不正受領の金員が比較的少額であること、(ニ)申請人は未だ若年であり、又、従来の勤務成績乃至行状が不良であつた事実は認められないこと、(ホ)本件発覚後申請人は一段とその非を感じていること、等の諸事情を考慮する時は、申請人を本件所為につき懲戒解雇に処さなければ所員の統制上不都合を来たすものと認めることはできない。申請人に対しては、この際就業規則規定のより低次の懲戒処分を選択し、併せて厳重な訓戒を与えれば足りたものと判断される。してみると本件懲戒解雇の処分は就業規則第三十七条の規定に違背したものというべく、本件解雇の言渡は無効である。

第四退職金等の受領について

申請人が本件解雇の言渡を受けた日に、被申請人より退職手当金及び解雇予告手当を受領したことは当事者間に争いがない。

被申請人は、右退職手当等の受領により申請人は本件解雇を承認したものであると主張するが、疏明によれば、申請人は当日平常どおり勤務に服していたところ、突然呼出しを受け、被申請人理事長を始め多数の者の面前で懲戒解雇の言渡を受け、極度の困惑に陥入つている時に退職手当等を提供されたもので、一時はその受領を拒絶したが、再三受領を促されたので、やむなく受け取つて退席したものであること、その直後申請人は自己が所属している被申請人取引所内名古屋証券取引所労働組合に対し懲戒解雇の言渡を受けた旨を報告し、同組合は翌三十一日被申請人に対して右解雇の撤回方を申し入れたことが認められるので、右の退職手当等受領の一事をもつて申請人が本件解雇を承認したものと考えることはできず、右主張は採用できない。

第五結論

以上の次第であつて、本件疏明によれば、本件解雇の意思表示は申請人の不当労働行為及び解雇権の濫用の各主張に対する判断をなすまでもなく、一応無効と認められ、申請人が本件解雇によつて現に精神上、経済上の苦痛を蒙つており、本案判決の確定を待つていては著しい損害が生じることがうかがわれるので、本件解雇の言渡の効力を仮りに停止することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 西川力一 大内恒夫 南新吾)

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